柞葉の
ねえ、滝沢くん、あの人ね、やっぱり滝沢くんのお母さんだったよ。
最後まで頷いてくれなかったけど、滝沢くんが覚えてた五百円玉、お母さんも覚えてたんだよ。
滝沢くん。
私、滝沢くんの役に立てたかな。
…このことは、滝沢くんの助けになるの?
アヤさんが去っていった後、私は身動きできずにいた。
豆柴の悲しそうな目と、謝るような鳴き声に、ちゃんと答えてあげられなかったことも、今は頭の中がぐちゃぐちゃで、ちゃんと考えられない。
挨拶もできなくてごめんね、とか、今までありがとう、とか、アヤさんの所に戻ってこれてよかったね、とか。
かけてあげられる言葉はいっぱいあった筈なのに、滝沢くんのことで胸がいっぱいで、苦しくて。
真夜中の公園に、ぽつんとひとり立ち尽くす。
アヤさんの背中が見えなくなる頃、私を逃す為に時間を稼いでくれていた大杉くんが追い付いてきた。
「咲、ちゃん?」
私は振り返らないまま、突き止めた真実を伝えた。
滝沢くんの、お母さんだったよ。
涙が零れた。何の涙か自分でも分からないまま、私はゴールデンリングを握り締めて俯く。
滝沢くん、と何度も心の中で呼ぶ。滝沢くんからの連絡は、まだない。
私と彼とを繋ぐ、今は唯一のゴールデンリング。
そっと首から外して、涙で揺れる視界の中央、掌に収めた。
心配そうな、大杉くんの視線が、背中にちくちくと突き刺さる。
胸が痛い。何でだろう。こわい。不安が消えない。ぐるぐると渦巻いて、胸が痛い。
「だったら、何で…」
だって、伝えてしまったら最後。
滝沢くん、に。
もう、逢えないんじゃないか。
もう、逢ってくれないんじゃないか。
滝沢くんは。
もう、私の所に、戻ってきてはくれないんじゃないか?
そんな不安が消えない。
堪えきれずに溢れ出した涙が、願うように見つめていたゴールデンリングにぽたぽたと落ちて弾けた。
嗚咽を漏らす私の肩を掴んで、大杉くんが励ましてくれる。
「諦めちゃダメだ、滝沢だって咲ちゃんを待ってるよ。滝沢と直接会って話そう?」
私、本当は大杉くんに泣き顔なんて見せられない。
でも、振り向いて。大杉くんが、心から私を励ましてくれていたから、頷く。
そうだよ。私はもう、選んだんだ。
滝沢くんを探して見付けて、支えたいって。
少しでもいい、滝沢くんのことを守れたら、って。
大杉くんは、(もう選んでしまった私にたぶん気が付いているのに)私の背中を押してくれた。
そうだ。泣いてばかりじゃいられない。
不安があっても前へ進まなきゃ、滝沢くんに追い付けない。
滝沢くんからの頼まれごとを終えた今、私がすべきことは、滝沢くんへこの結果を伝えることだ。
そして、滝沢くんに、知ってもらうことだ。
滝沢くんがどんなにひとりで背負い込もうとしても、ひとりだけじゃ無理だよって、その手を取れたら。
そんなこと、こんな私にできるのかな。
分からないけど、滝沢くんは、たぶん手を差し伸べてはくれないんだろう。
ひとりで戦うことを厭わない、まるで孤高な戦士のよう。
そんな彼へ私ができるのは、何だろう。
願うこと? 祈ること? 待つこと?
違う、漠然と違うって首を振ってる。
じゃあ、私ができることって、なに?
ゴールデンリングを握り締めて、息を吐く。
滝沢くん、私はあなたに何をしてあげられる?
滝沢くん、あなたは私に何かを望んでくれる?
こんな不確かな現実の中、過去の断片しか持たない滝沢くんに、一握りの真実を持ち帰って、それが本当に滝沢くんの支えになってくれるのだろうか。
今の彼に必要なのは、たぶん支えなんだ。
過去から現在に目覚めたばかりの滝沢 朗という男の子は、過去を引き継いで必死に王子様たらんとしているんだ。
この国の為に、誰かの為に。
─── 咲、信じてくれてありがとう。俺はずっと、君と旅した場所にいます。
何度も聴いたメッセージが、不意に蘇る。
すとん、と何かが胸の中に落ちてきた。
滝沢くんに必要なのは、願いでも祈りでも何でもないのかもしれない。
半年前のメッセージを信じたから、私は滝沢くんを見付けて、再会することができた。
なら、目の前には居ないけど、記憶を取り戻した滝沢くんを、もっと信じて見守ってあげることができれば、それは彼の支えになる気がした。
あやふやな世界に立つ彼を信じる誰かがいて、
ようやく滝沢 朗という男の子が確かなものになるなら、
私はその誰かに成ろう。
私がその誰かで在ろう。
滝沢くんを信じて、私は滝沢くんの温もりをこの手に掴もう。
行こう、と促してくれた大杉くんに頷いて、私達は公園から走り去る。
■END
サントラ妄想第二弾。とても物悲しい、音楽です。
寂しくて、やりきれない、振り返る、でも戻れない、そんな風に聴こえます。
しかしタイトルの意味が分からずググりました(爆死)
柞葉の(ははそはの)→母
結果、上記のようなアッサリとしたものしか引っかからなかったので(ググり方が悪いのかしら)もうそのまんま解釈と気分で書いてしまいました。(ごめんなさい川井憲次さん…)
というわけで、滝沢くんのお母さんであるアヤさんを絡め、咲ちゃんは母のような思いもあって滝沢くんを見つめているんだよ、ということを表現したかったのですが(…)まあ結果はごにょごにょ。ごにょ!(←誤魔化した!)
ところでこのシーン、哀華さん、泣きます。次も泣くだろう。うん。(まずはOPで泣くんだけどね!)
本当に『東のエデン』はよく出来ているよ。言葉以外で物語る感情があまりにも豊かで脱帽だよホントに…!
大好きとしか言えない貧困なボキャブラリーで何度も語ってすみません…にしてもサントラも神です。
そして日付変わる。…え、人様のサイト巡ってない…・゚・(つД`)・゚・ ウェ―ン