絡まる絡める恋心
「咲、じっとしてて」
「…うん」
あまり乗り気ではないのか、いくらかの間の後に咲はぎこちなく頷く。
その拍子に頭が揺れて、滝沢は笑った。
(じっとしてて、って言ったばっかなのに)
口に出すと余計にカチンコチンになってしまいそうだったから、滝沢は思うだけに留めた。
咲には余裕がないらしい。初めて美容室を訪れた中学生のような面持ちで、肩を強張らせて鏡と睨めっこをしている。
緊張する必要なんて欠片もないのだけれど、咲がリラックスするにはまず自分が離れた方がいいのかもしれない。
思ったものの、滝沢はそれを実行せず、そっと咲の濡れた髪を手に取る。
鏡に映った咲が、息を呑む。
「じゃぁお客さん、乾かしますよ?」
「お願い、します」
普段ならあまり咲に対してやらない手口のからかいだったが、反応なし。
お客さんって、と肩の力を抜いて笑ってくれることを期待していたのに。
突っ込みひとつない咲の返答に、やや張り合いのなさそうな笑みを浮かべて、滝沢はドライヤーのスイッチをONにした。
ぶおー。
人工の熱風が咲の髪に当たり、滝沢は濡れたその髪を指先で丁寧にばらしていく。
椅子に腰掛けた咲は、背後に立つ滝沢にそわそわとした動揺を隠せない。
(どうしよう。どうしよう、どうしよう…!)
滝沢の手が、とてもゆっくりと優しい動きで咲の髪の毛を乾かしていく。
プロのそれとは程遠いけれど、気持ちのこもった手つきに咲の胸があたたかくなる。
だけど、本当はそれどころじゃない。
唇を結んだまま邪魔にならないよう俯いて、咲は太腿の上で手をわたわたさせた。
心臓はドキン、ドキンと跳ねてうるさい。耳元のドライヤーの音なんて掻き消えてしまうくらい大きいその音が、咲の思考回路を掻き乱していく。
(なんで、滝沢くんと二人きりで私の部屋にいるんだろう?)
うー、と咲は呻く。ドライヤーの音に紛れて、滝沢には聴こえていない筈だ。
人差し指を立てて、両手の指先を合わせる。くるくる、くるくる。迷いを掻き混ぜる。
(雨が降ってきて、濡れちゃったからお風呂に入って…何で? 何で、こうなるの!?)
大混乱、目の前がぐるぐるとしている。
びしっと不自然に背筋を伸ばした咲は、何も言えずに鏡を見つめる。
鏡の中の滝沢は、一心不乱に咲の髪を手に取り、乾かしてくれていた。
彼の操るドライヤーの音は上下左右に移動して、熱風が耳元を掠めていく。
あんまりにも真剣な眼差しに、咲は見惚れてしまった。
気付かないで、と祈りながら、滝沢を見つめる。
彼は咲の視線に気付かなかったけれど、髪を乾かし終わるまでに何度か滝沢の指が首筋をなぞるように掠めて、咲はその度に胸を高鳴らせ息を呑んだ。
「滝沢くん、もうそろそろ大丈夫だよ」
「そう? じゃあ、ここやっておしまいね」
「うん」
その後、咲から『短い方がいい?』と髪の長さの好みをわりとストレートに訊かれた気がしたので、
『俺は咲の好きな髪型でいいよ』
と答えたところ、困ったような残念そうな、微妙な反応だったので、
『でも、今の髪型がいいかな。初めて逢った時と変わってなくて、なんか安心するから』
と本心からの言葉を付け加えると、咲はほんのり頬を赤くして、嬉しそうに『うん。わかった』と頷いてくれた。
わりと髪長いよね、とか、どんくらい伸ばしてんの、とか、そんな他愛の無い会話を続けて、髪を乾かし終えた滝沢はドライヤーのスイッチを切った。
最初の頃よりもだいぶ緊張は解れたのか、咲は肩の力を抜いて、背凭れに体重を預けている。
滝沢はコンセントを抜いてドライヤーを片付けると、椅子に腰掛けたままの咲の背後に戻ってきた。
きょとん、とした瞳を鏡越しに見つめ返して、滝沢は笑う。
「もうちょっと、じっとしててよ。大丈夫、たぶん悪いようにはしないからさ」
たぶんってなに? と突っ込んだ咲だったが、結局は滝沢の指示に従い、動かないことにした。
何をするのかと、ただ黙って滝沢の気配に意識を向ける。
人に髪を乾かしてもらうなんて、美容院以外では殆どない上に相手が滝沢だから妙に緊張してしまったけれど、今ではそれもだいぶ薄れた。
咲は少し眠たくなって、知らない間に目を瞑っていた。
かくん、と咲の首が倒れたので、滝沢は少し驚いた。
咲? 名前を呼ぶと、ふにゃふにゃとした声が聴こえた。
眠っていたらしい咲に『風邪引くよ』と心配してから、滝沢は指先の髪の毛をくるりと編んでいく。
一度睡魔に襲われてしまった咲は、眠たそうに返事をして、何とか眠気を堪えた。
ぼんやりと鏡を見上げると、一生懸命に何かをしている滝沢が見えた。
きらきらとした瞳がそこにある。真っ直ぐな視線。滝沢のそんな顔が、咲は好きだった。
と、そこでようやく咲は『夜、自室に二人きり。しかもお風呂の後!』という重大な事実を思い出し、一気に目が覚めた。
あ、と声が漏れて身体が揺れる。同時に、滝沢が『できたよ』と笑った。
「え?」
「鏡。見てみてよ」
「…、わ」
意識が覚醒した咲が鏡の中の自分を見やると、そこには三つ編みになった自分が映りこんでいた。
肩に下ろされた三つ編みをそっと触って、お姉ちゃんとお揃いだ、と口元に小さな笑みが浮かんだ。
「何で、三つ編み?」
「なんとなく。ちょっと、三つ編みの咲を見てみたかったから」
「…うん」
「可愛いよ?」
「ん、ありがと」
素朴な疑問。くる、と振り返って滝沢を見上げると、彼はにっこりと笑った。
お世辞ではない賞賛の言葉に、咲は恥ずかしくなる。でも嬉しさを隠せない。
頬が緩んでしまうことを隠したくて俯き、優しく頭を撫でる滝沢の手に息を吐く。
咲はまた、指先を合わせてくるくると回す。
想いは絡まり動けない、滝沢の声が心に絡まりドキドキする。
無言で目を逸らした咲を覗き込んで、滝沢は彼女を見つめる。
滝沢は俯いた咲の三つ編みに手を伸ばし、すぐさまそっと解いてしまった。
どうして、と疑問の色を浮かべた瞳に答えず、滝沢は咲の唇に自分のそれを重ねた。
三つ編みよりも深く、何重にも絡まった恋心は、そう簡単に解けやしない。
■END
After Storyで滝咲。咲ちゃんは一人暮らしの筈。(劇場版Ⅱで良介義兄さんが『たまには家に帰って来いよ』みたいなこと言ってたから。…三回目の映画でようやく一人暮らしの可能性に気付いたんだけどね。爆)
滝沢くんは、二人きりのとき、わりとキス魔かも、なんて思った。(もはや願望?)
眠すぎる。な、なんで二時なんだ…明日、予定あるのに(笑)
時間があって放置してもらえると哀華さんは滝咲生産機(妄想工場)と化します。
…うん。本当に毎日が滝咲でやばいんだよ。
あー眠い。眠いよう。書いたから満足。寝よう…!
タイトルだけぱっと出てきて、三つ編みは今日、哀華さんが三つ編みだったから。(…そんな裏事情いらないよ!)
読んでくれてありがとうございました!