■東のエデン/滝咲
※テレビシリーズ#02『憂鬱な月曜日』のお話です。ご注意ください。
ご覧になる方は、「つづきを読む」からお願いします。
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戻れないと知りながら
どうやら彼のパスポートに記載された住所へ向かうには水上バスに乗る必要があるらしい。
ミサイルの残した爪痕は、公共の交通手段にもかなりのダメージを与えていた。
電車が使えなくなっている今、目的地へ向かうには水上バスを使う他なさそうだ。
咲は携帯電話のディスプレイに表示した地図を頼りに、水上バス乗り場へと彼を導いた。
そこに到着して水面に目向ければ、強い西日が世界を彩っている。
潮の香りと冷たい風に、咲の髪の毛が舞い上がる。
「…寒いね。あったかい飲み物でも買ってくるよ」
冬の海風に肩を震わせた咲に気が付いたからか、彼が背を向けた。
温もりを失った唇が何かを告げる暇もなく、彼は自動販売機の方へと歩いていってしまう。
開きかけた唇が乾いている事に気が付いて、咲はそっと唇を舐める。舌先が塩辛さを感知した気がした。
眉を顰め、咲は息を吐く。頬を冷たく横切っていく海風を受けながら、ベンチの横にある時刻表の前に立つ。
腕時計を見ようとしたところで、彼がひょっこりと顔を出した。
「どうしたの?」
「うん。これ、使えないタイプだったみたいだ」
困った顔には、どこか愛嬌があって憎めない。
携帯電話を手に持って傾けると、彼は困った笑顔のままそれをポケットに突っ込んだ。
なるほど、確かに彼は空港でも携帯電話で梅ガムを買っていたし、モノレールに乗った際も携帯電話で改札を抜けていた。
記憶だけではなく、財布もないらしい。
彼が謝罪するように肩を竦めたので、咲は千円札を一枚取り出すと、彼へ差し出した。
「滝沢くんも寒いでしょ?」
差し出された千円と咲を見つめて、一瞬だけ不思議そうに彼の瞳が瞬く。
にこりと咲が笑って見せる。寒さに上手く笑えたかどうかは分からない。
けれど、滝沢は、ふ、と肩の力を抜いて千円札を受け取ったので、それなりに上手く笑えていたのだろう。
再び自動販売機の方へ意識を向けた滝沢から、咲は水上バスの時刻表に目を移す。
腕時計を見て、時間を確認したけれど、文字が小さくてよく見えない。
少し身を屈めて、咲は時刻表へ顔を近付けた。
「…、……」
息を呑む。
次に来る水上バスまで、あと十分程度。
咲が目を瞠った理由は、水上バスの出発時間ではなく、他にある。
平日の時刻表をどんなに探しても、待っている水上バスの次に出る便はない。
つまり、次の水上バスが最終便。それは片道切符だ。行けば、今日中には戻れない。
何故か咲の胸はざわついた。彼と過ごしていたい気持ちが胸を叩く。
普通に考えて、帰りの便がない水上バスに乗って異性の自宅へ向かうというのは、ちょっと特別な意味が含まれてくるのではないだろうか。
彼に興味はあるけれど、まだ、そこまで信頼も信用もできない。
どうするべきか迷う咲の横顔は、憂いに沈む。
滝沢は見ていない。
もうすぐ、彼とはお別れだろうか。
何処までついて行っていいのか分からず、何処まで踏み込んでいいのか分からず、何処まで心を許しているのか分からない。
戸惑い(そしてその裏に隠れている現実への閉塞感)に、咲はつい、意識せずに指先を丸めた。
「はい、これ」
聴こえた声にハッとして顔を上げると、滝沢が缶コーヒーを差し出してきていた。
ありがとう。 乾燥気味の唇でそう言って受け取ると、缶コーヒーからじんとした熱が指先を痺れさせた。
「あと、おつりの七百六十円」
次いで彼は小銭を返そうとしてきたが、咲はそれを断った。
現金を持ってない彼に、小銭とはいえ金銭を授けたのは、もう二度と会えないかもしれないと考えてしまったからだろうか。
次に来る水上バスは最終便。ここで記憶のない彼と別れてしまえば、連絡先すら知らないのだ、もう会うこともないだろう。
なんせ記憶がないのだ。そんな大変な現実に放り出されている彼が、たまたまちょっと時を共に過ごした何の変哲もない女の子のことを覚えていてくれるかどうかは怪しい。
彼に自分のことを覚えていてほしくて、咲はおつりを受け取らなかったのかもしれない。
そのお金が彼の助けになればいい、とも思ったが、結局それは咲が滝沢のことを好意的に受け止めているからこその行為であることには違いない。
彼は咲の申し出に感謝して、小銭を持った手を引っ込めた。
座ろうよ、と目配せされて、ベンチに並んで腰掛ける。
とはいえ、まだ肩が触れ合う程の距離ではない。
二人の間には、それなりの空間がある。
手を伸ばして何とか届きそうなその距離が、とても適切なものであると咲は理解していた。
最終便が迫り来る。
それは最後の一線だ。
超えたら戻れない一歩だ。
分かっているのに、自分からは踏み出せない。
滝沢と共に過ごしたい気持ちは、強くなるばかりなのに。
間もなくやってくる最終便を、別離の舟として見送るのか、意を決して滝沢に離れがたい気持ちを曝け出すのか、判断が下せないまま咲は言葉が見付からない。
最後の一線。それを超えるべきか超えざるべきか。このまま閉塞感に埋もれてしまうのか。彼と出逢って生まれたこの気持ちでさえも現実の中に埋没させてしまうのか。
もうすぐやって来るのは最後の一線。その向こうに何があるのか、咲は知らない。恐らくは滝沢も。
行くべきか否か。
このまま現実へ戻りたいのか戻りたくないのか。
夕焼けの中で見えた最終便に、咲は唇を噛む。
海風のせいで、やはり塩辛かった。
■END
テレビシリーズを見直したら時刻表を見て物憂げな顔をしている咲ちゃんがいたので書かねばと。
正直テレビシリーズはまだ通しで二回か三回くらいしか見てないのです。
総集編の方が見てます。総集編にあんな物憂げなシーンなかったので、によによしながら妄想してました。
というわけで今年初のエデン鑑賞! 滝咲可愛いよう。やっぱり大好きです可愛い。
最近、攻殻機動隊を見ました。うっかり第一期を全巻レンタル。見終わりました。(で、続けてエデンを見た。爆)
面白かったです。あとラストは一気に見るべきかなあ、と。
ただ、全部を理解しきれなかったので、あれとこれはこーゆーことだったのかぁあああああスッキリ!! …とまではいけず><未熟者ですみません。。。
でも面白いです。あれもまた、二度目、三度目で気付く点が多いんでしょうね。
第二期も制覇して3月の劇場には見に行きたい所存です。哀華さん神山監督ファンみたいです。(今更。)
ともあれ、お付き合いありがとうございました!
どうやら彼のパスポートに記載された住所へ向かうには水上バスに乗る必要があるらしい。
ミサイルの残した爪痕は、公共の交通手段にもかなりのダメージを与えていた。
電車が使えなくなっている今、目的地へ向かうには水上バスを使う他なさそうだ。
咲は携帯電話のディスプレイに表示した地図を頼りに、水上バス乗り場へと彼を導いた。
そこに到着して水面に目向ければ、強い西日が世界を彩っている。
潮の香りと冷たい風に、咲の髪の毛が舞い上がる。
「…寒いね。あったかい飲み物でも買ってくるよ」
冬の海風に肩を震わせた咲に気が付いたからか、彼が背を向けた。
温もりを失った唇が何かを告げる暇もなく、彼は自動販売機の方へと歩いていってしまう。
開きかけた唇が乾いている事に気が付いて、咲はそっと唇を舐める。舌先が塩辛さを感知した気がした。
眉を顰め、咲は息を吐く。頬を冷たく横切っていく海風を受けながら、ベンチの横にある時刻表の前に立つ。
腕時計を見ようとしたところで、彼がひょっこりと顔を出した。
「どうしたの?」
「うん。これ、使えないタイプだったみたいだ」
困った顔には、どこか愛嬌があって憎めない。
携帯電話を手に持って傾けると、彼は困った笑顔のままそれをポケットに突っ込んだ。
なるほど、確かに彼は空港でも携帯電話で梅ガムを買っていたし、モノレールに乗った際も携帯電話で改札を抜けていた。
記憶だけではなく、財布もないらしい。
彼が謝罪するように肩を竦めたので、咲は千円札を一枚取り出すと、彼へ差し出した。
「滝沢くんも寒いでしょ?」
差し出された千円と咲を見つめて、一瞬だけ不思議そうに彼の瞳が瞬く。
にこりと咲が笑って見せる。寒さに上手く笑えたかどうかは分からない。
けれど、滝沢は、ふ、と肩の力を抜いて千円札を受け取ったので、それなりに上手く笑えていたのだろう。
再び自動販売機の方へ意識を向けた滝沢から、咲は水上バスの時刻表に目を移す。
腕時計を見て、時間を確認したけれど、文字が小さくてよく見えない。
少し身を屈めて、咲は時刻表へ顔を近付けた。
「…、……」
息を呑む。
次に来る水上バスまで、あと十分程度。
咲が目を瞠った理由は、水上バスの出発時間ではなく、他にある。
平日の時刻表をどんなに探しても、待っている水上バスの次に出る便はない。
つまり、次の水上バスが最終便。それは片道切符だ。行けば、今日中には戻れない。
何故か咲の胸はざわついた。彼と過ごしていたい気持ちが胸を叩く。
普通に考えて、帰りの便がない水上バスに乗って異性の自宅へ向かうというのは、ちょっと特別な意味が含まれてくるのではないだろうか。
彼に興味はあるけれど、まだ、そこまで信頼も信用もできない。
どうするべきか迷う咲の横顔は、憂いに沈む。
滝沢は見ていない。
もうすぐ、彼とはお別れだろうか。
何処までついて行っていいのか分からず、何処まで踏み込んでいいのか分からず、何処まで心を許しているのか分からない。
戸惑い(そしてその裏に隠れている現実への閉塞感)に、咲はつい、意識せずに指先を丸めた。
「はい、これ」
聴こえた声にハッとして顔を上げると、滝沢が缶コーヒーを差し出してきていた。
ありがとう。 乾燥気味の唇でそう言って受け取ると、缶コーヒーからじんとした熱が指先を痺れさせた。
「あと、おつりの七百六十円」
次いで彼は小銭を返そうとしてきたが、咲はそれを断った。
現金を持ってない彼に、小銭とはいえ金銭を授けたのは、もう二度と会えないかもしれないと考えてしまったからだろうか。
次に来る水上バスは最終便。ここで記憶のない彼と別れてしまえば、連絡先すら知らないのだ、もう会うこともないだろう。
なんせ記憶がないのだ。そんな大変な現実に放り出されている彼が、たまたまちょっと時を共に過ごした何の変哲もない女の子のことを覚えていてくれるかどうかは怪しい。
彼に自分のことを覚えていてほしくて、咲はおつりを受け取らなかったのかもしれない。
そのお金が彼の助けになればいい、とも思ったが、結局それは咲が滝沢のことを好意的に受け止めているからこその行為であることには違いない。
彼は咲の申し出に感謝して、小銭を持った手を引っ込めた。
座ろうよ、と目配せされて、ベンチに並んで腰掛ける。
とはいえ、まだ肩が触れ合う程の距離ではない。
二人の間には、それなりの空間がある。
手を伸ばして何とか届きそうなその距離が、とても適切なものであると咲は理解していた。
最終便が迫り来る。
それは最後の一線だ。
超えたら戻れない一歩だ。
分かっているのに、自分からは踏み出せない。
滝沢と共に過ごしたい気持ちは、強くなるばかりなのに。
間もなくやってくる最終便を、別離の舟として見送るのか、意を決して滝沢に離れがたい気持ちを曝け出すのか、判断が下せないまま咲は言葉が見付からない。
最後の一線。それを超えるべきか超えざるべきか。このまま閉塞感に埋もれてしまうのか。彼と出逢って生まれたこの気持ちでさえも現実の中に埋没させてしまうのか。
もうすぐやって来るのは最後の一線。その向こうに何があるのか、咲は知らない。恐らくは滝沢も。
行くべきか否か。
このまま現実へ戻りたいのか戻りたくないのか。
夕焼けの中で見えた最終便に、咲は唇を噛む。
海風のせいで、やはり塩辛かった。
■END
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正直テレビシリーズはまだ通しで二回か三回くらいしか見てないのです。
総集編の方が見てます。総集編にあんな物憂げなシーンなかったので、によによしながら妄想してました。
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